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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)5号 判決 1992年1月17日

原告

足立國男

被告

中山友紀子

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇三五万七七八四円及びこれに対する昭和六三年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その三を被告の、各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三六五九万〇五四四円及びこれに対する昭和六三年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車と接触した自動二輪車の運転者が、右事故により負傷したとして、右普通乗用自動車の運転者兼保有者に対し自賠法三条に基づき、損害の賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。

2  被告の本件責任原因(自賠法三条所定の運行供用者)の存在。

3  原告が本件事故により受傷してその後遺障害が残存し、右後遺障害が自賠責保険における所謂事前認定手続において障害等級五級二号該当の認定を受けた事実。

4  原告が本件事故後自賠責保険及び被告が付していた任意保険より保険金合計金一五〇二万九九九〇円の保険金の支払いを受けた事実。

二  争点

1  原告の本件受傷の具体的内容及びその治療経過

2  原告の本件後遺障害の具体的内容及びその程度

(一) 原告の主張

本件後遺障害の内容

意識障害、右不全麻痺、記銘力障害等の軽度痴呆症状、多発性脳挫傷の痕。

神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができない。

障害等級三級三号に該当。

なお、原告は、同人の本件後遺障害が前記のとおり所謂事前認定手続において障害等級五級二号該当の認定を受けたので、これを不服とし右認定に対する異議の申立てを行つたが、右申立ても却下された。

原告の右後遺障害の内容からすると、右認定は、不当である。

(二) 被告の主張

原告の本件後遺障害の内容として軽度痴呆症状が存在することは認めるが、原告が右後遺障害の内容として主張するその余の事実及び主張は全て争う。

原告の右後遺障害は、所謂事前認定手続において認定されたとおり障害等級五級二号に該当するものである。

原告の本件後遺障害の内容中被告が認める以外の内容については、これを肯認し得る客観的証拠はない。

3  原告の本件損害の具体的内容

4  被告の免責(自賠法三条但書所定)

(一) 被告の主張

(1) 被告は、本件事故直前、被告車を運転し本件事故現場道路の東行き車線中の北側から三番目の車線(以下、第三車線という。直進車線。)を進行していたところ、右事故現場付近に至つた時、第三車線の北側車線(以下、第二車線という。)を併進していた原告車が突然斜めに進行し、被告車が進行している第三車線に進入して来た。

その結果、原告車が被告車に接触し、右事故が発生した。

被告は、右事故発生まで、自車の走行車線にしたがつて自車を進行させていたのであり、原告車が右のような異常な走行をなすことを予見することが不可能であつた。

したがつて、被告は、自車の運行に関し注意を怠つておらず、右事故は、原告の全面的過失によつて発生したものである。

(2) 被告車には、本件事故当時、構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

(二) 原告の主張

被告の主張事実中原告車と被告車が第三車線で接触し本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実及び主張は全て争う。

原告車は、右事故直前、第三車線を走行し、被告車は、同時に、第三車線の南側車線(以下、第四車線という。)を走行していた。

被告は、右事故現場付近に至つた時、自車進行車線が右折車線であることに気が付きあわてて第三車線に車線変更をしたが、その際、同人において、第三車線の前方を走行中の原告車に全く気が付かず同車線に進入したため、右事故が発生した。

仮に、被告車が右事故直前第三車線を走行していたとしても、被告は、自車と同じ第三車線を先行走行中の原告車の存在に全く気が付かず、前方不注視の過失により右事故を惹起したものである。

5  過失相殺

(一) 被告の主張

本件事故は、原告が前記のとおり安全運転義務ないし右側方確認義務に違反した異常な走行をなしたため、発生した。

よつて、原告の右過失は、同人の本件損害額を算定するに当たつて、これを斟酌すべきである。

(二) 原告の主張

本件事故が被告の過失により発生したものであることは、前記のとおりである。

原告は、右事故直前、第三車線を走行していただけである。

それ故、原告に、右事故発生に対する過失はない。

第三争点に対する判断

一  原告の本件受傷の具体的内容

証拠(甲四、七、八、一六。)によれば、原告の本件受傷の具体的内容は、多発性脳挫傷、頭蓋底骨折、外傷性くも膜下出血、右鎖骨骨折、急性硬膜下血腫であることが認められる。

二  被告の免責の成否

1  本件事故の態様は、当事者間に争いがない。

2  証拠(乙一、被告本人、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

(一) (1)本件事故現場のある道路は、市道中央幹線の東行き車線(平坦なアスフアルト舗装路。車道の幅員一六・六〇メートル。右事故現場西方で南側に張出しカーブしているが、右事故現場付近では直線状である。)内であるところ、右東行き車線は、右事故現場の前方(東方)で、神戸市兵庫区新開地方面へ直進する道路と南東方面ヘカーブして右折し神戸市兵庫駅方面へ向かう道路とに分岐している。

しかして、右東行き車線内は、五車線から成り、第一車線(右東行き車線の北側から算定。以下同じ。)が左折及び直進、第二、第三車線が直進、第四、第五車線が右折、の各車線となっている。

しかして、右東行き車線内の右各車線区分は、昭和六二年一〇月六日以前において、第一ないし第三車線が左折、第四車線が直進、第五車線が直進及び右折、となつていた。右東行き車線における最高速度は時速五〇キロメートルであり、右車線内における見通しは、前後とも良好である。

(2) 被告は、本件事故直前、被告車を時速約五〇キロメートルの速度で運転し右東行き車線内の第三車線上を進行し、前記分岐道路を直進して更に東進する予定であつた。

なお、被告は、当時、右東行き車線内における車線区分が前記日時を境に変更されたことを知つていた。

被告は、右事故現場から西方約三九メートルの地点にさしかかつた時、自車の約一四・七〇メートル左前方の第二車線内を東進する車両(ライトバン)を認めたが、自車を第三車線内に進行させるのに没頭して自車を進行させ、右地点から約三九メートル東進した地点付近に至つた時、自車左側部に衝撃を感じ同時に衝突音を聞いた。

被告は、即座にドアーミラーを見たが事態の判断がつかなかつたのでルームミラーを見たところ、自車左後方の第二車線内に転倒している原告を発見し、初めて右事故の発生を知つた。

(3) 原告は、本件事故直前、原告車を運転して本件東行き車線内の第二車線上を進行し、前記分岐道路中右折して兵庫駅方面に向かう道路を経て自宅に向かう途中であつた。

同人は、右事故現場付近において、右折のため自車の進路を第四ないし第五車線に変更すべく右折の合図をし第三車線に向け斜めに自車を進行させたが、右事故現場において自車右側部と被告車の左側部とが接触した。

なお、被告が、同人において前記第二車線上を東進する車両(ライトバン)を認めた地点で、更に左前方を注意していたならば、自車の左前方約六・五五メートルの右第二車線上の地点を走行している原告車を発見することが可能であつた。

しかして、原告が右事故直前右認定以外に被告において本件事故(接触)の発生を回避し得ない程突如として急激に異常運転をしたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

(二) 右認定各事実を総合すると、確かに、本件事故発生の一因が、原告における本件第二車線から被告車の直進する本件第三車線への進入にあるといい得る。

しかしながら、右認定のとおり、原告が右事故直前被告において右事故の発生を回避し得ない程突如として急激に異常運転をしたことを認めるに足りる証拠はないし、むしろ、右認定各事実に照らせば、右事故の発生には、被告の前方注視義務違反が寄与しているのでないかとの疑念を抱かざるを得ない。そして、右疑念が存在する以上、被告の右事故発生に対する無過失について確信を抱くに至らない。

よつて、被告の本件免責の抗弁は、その余の主張事実についてその当否を判断するまでもなく、右説示にかかる被告の無過失の点で既に理由がない。

三  原告の本件受傷の治療経過及び本件後遺障害の具体的内容とその程度

1  証拠(甲二、六、七、一〇、一五、証人波多野秀子、同足立初枝。)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 神戸掖済会病院 昭和六三年八月二九日から平成元年一月三一日まで入院(一五六日間)。

平成元年一月三一日症状固定。

(二) 本件後遺障害の具体的内容とその程度

(1) 自覚症状 意識障害(荒木分類三〇)、右不全麻痺。

(2) 他覚症状及び検査

結果 軽度痴呆症状。

長谷川式スケールで一四点、コース立方体組合せテストでI・Q三七・五。

知覚・運動障害は認められない。CTスキヤンにて多発性脳挫傷の痕を認める。

(3) 原告の性格は、本件事故前温厚であつたが右事故後とげとげしいものに変わり、他人との対応の態度も異常になつた。

同人は、本件後遺障害内容の記憶障害のため、自分の身の廻りの始末も十分にできず、水道の水を出しても止めることを忘れ、ガス、電気、ストーブ等の操作も危険で任せられず、自分が受けた電話内容の伝達も満足にできない現状にある。そのため、同人を一人で留守番させることができず、同人の妻足立初枝が長時間外出する場合は原告を伴い初枝において同人を同伴できない場合は、原告をして近親者とともに留守番させるようにしている。

原告は、平成三年一月、神戸掖済会病院において、ジクソーパズルによる簡単な知能検査を受けたが、二〇ピースのもので完成に一時間要した。

それも、原告は、最初方法がわからず、担当医師のヒントによつてようやく作業に取りかかつた。

なお、担当医師の説明によると、原告が右検査において九〇ピースできたなら社会復帰できるということであつた。

更に、原告は、本件症状固定時六五才(大正一二年八月一七日生)であつて、その年令からして、同人の右後遺障害が改善される見込みはない。

(4) 右認定各事実を総合すると、原告の本件後遺障害の程度は、肉体的・物理的見地からすると軽易な労務に服することが可能であるかの如くであるが、同人が今後社会に復帰して他人と協力し独力でしかもその責任において労務を遂行することは期待できない状態にあると認められ、したがつて、同人の右後遺障害は、神経系統又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができない程度のものと認めるのが相当である。

よつて、原告の本件後遺障害の程度は、障害等級三級三号に該当するといわざるを得ない。

四  原告の本件損害の具体的内容

1  治療費

原告は、本件治療費として金三万三一一〇円を主張請求している。

しかしながら、右治療費は本件症状固定後の治療費と認められるところ、症状固定後の治療費が当該事故と相当因果関係に立つ損害と認められるためには、右症状固定後の治療につき一定の事由の主張・立証を要する。

しかるに本件においては、右事由の主張・立証がない。

よつて、原告の右治療費は、未だ本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)と認めるに至らない。

2  入院雑費 金一八万七二〇〇円

原告の本件入院期間が一五六日間であることは、前記認定のとおりである。

本件損害としての入院雑費は、右入院期間中一日当たり金一二〇〇円の割合による合計金一八万七二〇〇円と認める。

3  付添看護婦費 金八万五五〇〇円

原告の本件受傷の具体的内容、入院期間は、前記認定のとおりである。

証拠(甲一、八、証人波多野秀子。)によれば、原告は、本件事故当時六五才であつたこと、原告の右入院期間中の昭和六三年八月二九日から同年九月一六日までの一九日間、原告の妻足立初枝と同人らの娘波多野秀子が交代で原告の付添看護に当たつたことが認められる。

右認定各事実を総合すると、本件損害としての付添(近親者)看護費は、右付添看護期間一九日中一日当たり金四五〇〇円の割合による合計金八万五五〇〇円と認める。

なお、原告は、右付添看護費として右両名分を主張請求しているが、右認定各事実に照らし本件損害としての付添看護費は一名分を認めるのが相当である。

4  通院交通費

原告が主張請求する通院交通費は、本件症状固定後の通院に関するものと認められるところ、右通院交通費についても、前記治療費についての認定説示が妥当する。

よつて、右通院交通費も、未だ本件損害と認めるに至らない。

5  休業損害 金一〇四万〇〇五二円

(一) 原告の本件受傷の具体的内容、その治療経過、症状固定時期等は、前記認定のとおりである。

(二) 証拠(甲六、証人波多野秀子、同足立初枝。)によれば、原告は、三二才頃から製函業に従事していたが、昭和四九年に胃全摘手術を受けたこと、同人は、右手術後、無胃性貧血症を来たし神戸市長田区三番町所在岩元内科において右貧血症の治療を受けていたこと、同人は、本件事故当時も、右病院において、半年に一度の割合で検査を受け、一か月に二回程の割合で通院し右治療を受けていたこと、同人は、右病院からの帰途、本件事故に遭遇したこと、同人の右事故当時の収入は、一か月金二〇万円であつたことが認められる。

(三) 右認定各事実に基づけば、原告の本件休業損害は、金一〇四万〇〇五二円となる(円未満四捨五入。以下同じ。)

(20万円÷30)×156≒104万0052円

6  後遺障害による逸失利益 金一五八一万二六四〇円

(一) 原告が本件症状固定時六五才であつたこと、同人の本件後遺障害の具体的内容とその程度、同人の本件事故当時の収入等は、前記認定のとおりである。

(二) 右認定各事実に基づくと、

(1) 同人は、本件後遺障害によりその労働能力を喪失し、そのため経済的損失、即ち、実損を被つているというべきところ、右労働能力の喪失率は、右認定各事実を主とし、これに所謂労働能力喪失率表を参酌して、一〇〇パーセントと認めるのが相当である。

(2) 同人の就労可能年数は、八年と認めるのが相当である。

〔平成元年簡易生命表によると、年令六五才の男性の平均余命年数は一六・二二年と認められる故、原告の就労可能年数は、右平均余命年数の二分の一に当たる八年(ただし、端数は切捨て。)と認めるのが相当である。〕

(三) 右認定各事実を基礎として、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ホフマン式計算方法にしたがつて算定すると、金一五八一万二六四〇円となる(新ホフマン係数は、六・五八八六。)。

(20万円×12)×6.5886=1581万2640円

7  慰謝料 金一七八〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、原告の本件慰謝料は金一七八〇万円と認めるのが相当である。

なお、原告は、本訴において、近親者慰謝料をも主張請求している。

しかしながら、原告の近親者が本訴の当事者となつて被告らに対してその慰謝料を請求するのは格別、原告自身が近親者に代わり本訴においてその慰謝料を請求することはできないというべきである。

よつて、原告の右主張請求部分は、理由がない。

8  原告の本件損害の合計額 金三四九二万五三九二円

五  過失相殺

本件事故の態様は、当事者間に争いがなく、その中における原告車と被告車の具体的動向は、前記認定のとおりである。

右認定に基づくと、原告の方にも、本件事故直前、本件第二車線から本件第三車線方向に車線変更をするに際して自車右後方の安全確認を怠つた過失があり、右過失も右事故の発生に寄与していると推認するのが相当である。

よつて、原告の右過失は、同人の本件損害を算定するに当たり斟酌するのが相当であるところ、斟酌する同人の右過失の割合は、前記認定の事実関係からして、全体に対して三〇パーセントと認める。

そこで、原告の前記認定にかかる本件損害の合計額金三四九二万五三九二円を右過失割合で所謂過失相殺すると、その後において、原告が被告に請求し得る本件損害は、金二四四四万七七七四円となる。

六  損害の補填

原告が本件事故後自賠責保険・任意保険の各保険金合計金一五〇二万九九九〇円を受領したことは、当事者に争いがない。

しからば、右受領金合計金一五〇二万九九九〇円は、本件損害の補填として、原告が被告に請求し得る本件損害金二四四四万七七七四円からこれを控除すべきである。

原告の右控除後における本件損害は、金九四一万七七八四円となる。

七  弁護士費用 金九四万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、金九四万円と認める。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六三年八月二九日午前一〇時三七分頃

二 場所 神戸市長田区二番町一丁目二六番地市道中央幹線

三 加害(被告)車 被告運転の普通乗用自動車

四 被害(原告)車 原告運転の自動二輪車

五 事故の態様 被告車と原告車が、本件事故現場路上において、接触した。

以上

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